人間関係

サイレントトリートメントLove

深く親密な人間関係をもつ4つの方法

人間はつながって生きていく生き物だ。 親子、友達、パートナー、夫婦、彼氏彼女、上司、部下… 人と人との関係、コネクションなしでは、幸せで健康な人生は生きていけない。人とのコネクションこそが、私達の人生に目的、意味をもたらしてくれる。 「人と深くつながるには、あるがままの自分をさらけだすこと」 とブレネー・ブラウンは彼女のTED talk「The power of vulnerability, (邦題)傷つく心の力」のスピーチの中で述べている。 彼女のトークはユーモアもあってかなり面白い。 私達は他からどう見られるかを気にしがち。 夫婦間がうまくいってないのに素晴らしい夫婦のふりをしたり、精神的に病んでいるのにそれが「恥ずかしい」と思って隠したり、常にポジティブでいないと…と無理してポジティブぶったり、facebookに「いいな」と人から思われるステータスのみをポストしたり、見栄をはったり… と色々なマスクをかぶって、あるがままの自分を隠そうとする。 人と深くつながり、よい関係を築くためには以下の4つのことが必要とプレネー・ブラウンさんは言います。 1. Have the courage to be imperfect. 不完全な自分を受け入れる勇気をもつ 2. Love ourselves first then others. 自分に思いやりをもち、そしてその次に他人を思いやる まずは自分を愛して、自分に優しくしない限り、他の人(子供や家族を含む)を愛し、思いやることは不可能です。 3. Let go of who we think we should be to become who we are. あるがままの自分を受け入れるために、自分はこうであるべきだという考えを手放す 4. Embrace vulnerability. 心のもろさ、弱さを受け入れる   「Vulnerability, ヴォルナビリティー」とは「心のもろさ、弱さ、不安」のこと。 誰にでもあるこの心のもろさ、弱さを人はなかなか見せない。 「愚痴を言っているように思われたら嫌だ」 「ネガティブだ、弱い人間だと思われたくない」 「言ってひかれたら嫌だし…」 恥や恐れや意地がある。恋愛のかけひきなんかもこの弱さに入ると思う。 「すごく好きだって言いたいけど、今言ったらなんか私ががっついてる感じがするし、相手の出方を待とう…」 これも実は拒否されたら…っていう弱さではないかな。   私は昔から親にも弱さを見せたり、自分の深い話をしなかったので、今も心のもろさをさらけだすのは苦手かもしれない。でも幸運にもそんな自分を見せても、ジャッジせず、評価せず、暖かく包んでくれるダンナさんや多くの友達のおかげで、深い人間関係ができている。そしてその人間関係は私の幸せな人生を築きあげてくれている。 私達の多くは心のもろさをを見ないように、その感情を麻痺させる。 でも感情を選択的に麻痺させることはできないそうで、心のもろさを麻痺させるとそれと同時に、知らないうちに喜び、感謝、幸福などの感情も麻痺させてしまう。 「心のもろさは喜び、愛、革新、創造性、変化が生まれる場所でもある」 とブラウン氏は言う。 自分の弱さを認めることは強さ。 そして、自分の弱さを認められると、ダンナ、友達、子供と他の人の弱さもジャッジしずに温かく受け入れられるではないだろうか。 親に頼み事をする時、親と話す時、英語がスラスラ話せない時、自分の思うようなマッサージができなかった時、えらそうなことをブログに書いて毎日ヨガとかしてそうなのに、実は全然しない時もある自分、実はとことん怠け者な自分、時々このブログ誰が読むの?って思う…笑… など。 私自身弱い自分を感じる時もネガティブな感情がでる時もある。 それを感じて認めて、人に依存することなく、改善したければその方向に自分でもっていく。人間らしくていいじゃないの。 みんなはどんな時に心のもろさを感じる?     LINE始めました。 こちらからお友達になってくれたら嬉しいです! https://line.me/R/ti/p/%40arisakubota

『愛』と『恐れ』Blog

人間関係は『愛』と『恐れ』で成り立っているらしい… で『愛』ってなによ?

愛を語る本はいっぱいあるけど、愛に定義はない。人それぞれ違う。愛はロマンチックなディナーでも、夜景でも、海岸を一緒に歩いて夕日をみることでも、サルサを一緒に踊ることでもなくて(あ、最近サルサ始めてみましたわよ、私…( ̄▽+ ̄*))、私達の生活でそこら中に溢れているものだと思う。私達は『これが愛なんだーー!』なんてあえて考えることなく、相方、子供、親、友人、世界中の人達にそういう行為を行っているんだと思う。 よい人間関係を築くことからよい会社を作りあげていくことや、世界平和に至るまで、結局は『愛』で、いのちのいきつくところは『愛』だという。私個人的には、恵まれない国や人や、病気の人や、友人への「無償の愛」は理解できる。ソトヅラがいいんだけなんだろうね…。でも旦那や、子供、家族などの身内に対しては、 『愛』って実際なんなのよ?! ( ̄△ ̄) ってたまに思ったりする。思いやる気持ちなのか、愛おしいと思う気持ちなのか、何かをしてあげることなのか… 旦那や子供に対するイライラは愛がたりないせいなのか。 私達が『愛』と思っていることは本当に『愛』なのか?? 昔読んだこの本を最近読み返してみた。『The Mastery of Love』。その中で、なんとなく腑に落ちた部分があったので、私の勝手な解釈と、勝手な言葉を交えながらシェアします。 ******************************************************************* 人間関係… 自分と相方、自分と父親、母親、祖父、祖母、自分と子供、自分と友人、自分と世界中の人達、自分と自分… すべての関係は2つの感情から成り立っているらしい。それは『Love 愛』と『Fear 恐れ』だ。怒りや、悲しみ、嫉妬なども『恐れ』が形をかえたものでる。人によってはその関係は、95%の恐れと5%の愛だったり、60%の恐れと40%の愛だったりとそれぞれ違う。 ふーん…. イマイチぴんとこないけども…? 『愛』と『恐れ』のそれぞれの特徴をみてみよう Love is no obligations. Fear is full of obligations. 愛に”義務”はない。恐れは”義務”だらけ。 『恐れ』では、人はしなければいけないからする。そして他人にもそれを求める。しなきゃいけないと言われると、人は抵抗する。抵抗があればあるほど苦しむ。一方で『愛』は自分がしたいからする。したいことだから楽しんでする。 Love has no expectation. Fear is full of expectations. 愛に”期待”はない。恐れは”期待”だらけ。 『恐れ』では人は自分や他人に期待する。その期待していた事が起こらなかった時、人は傷つく。自分の期待を満たしてくれなかった相手を責めたりする。一方『愛』は期待しない。自分がしたいからして、その自分がした事に対して、相手が何かしてもしなくても、それはそれでいい。 人は恋に落ちると最初は義務も期待もない。だから毎日が楽しい。でも関係が進むとその人との”ラブファンタジー”を想像して期待する。そしてしばらく一緒にいたり、結婚したりした後、相手が自分のラブファンタジーのの想像と違ったりすると、イライラしたり、こんなはずじゃなかったのに…と思ってしまう。 これは『愛』ではなくて『恐れ』だ。 Love is based on respect. Fear doesn’t respect anything. 愛は”リスペクト(尊重)が根底にある。恐れは”リスペクト”がない。 「あなたのためを思ってしてあげるわ」、「あなたはこうすべきよ」、「あなたのこと可哀想に哀れに思うわ」これらは相手への尊重がない。親が子供に「あなたのためを思って…」とか「それするのやめないさい」と言ったり、どう生きるべきかを言ったりする。もちろん親として指標を与えたり、しつけをしたり叱ったりするのは必要だと私は思う。でもどんなに小さい子でもその人格を尊重しながら叱るのと、やたらめったら叱るのとは、相手のとらえ方も違う気がする。 「私って可哀想」「私はかわいくもないし、頭もよくないし、できるわけがない…」これらは自分への尊重(self-respect)がない。 一方『愛』は尊重する。「あなたが、強くて賢こくて、これをできるって知ってるわ。あなたのために私が何かしてあげなくても大丈夫。もし失敗したり、倒れたら、私はいつでもあなたのそばにいて力を貸すわ。でもあなたを信じているからね、あなたは大丈夫」「私は自分が強くて賢くて、これをできるって知ってるわ。だから私は大丈夫」これは相手や、自分への尊重であり『愛』である。 Love is unconditional. Fear is full of conditions. 愛は無条件。恐れは条件だらけ。 『愛』には条件がない。「あなたを変えようとしたり、評価したりしない。あなたが何をしていても、あるがままのあなたを愛するわ』逆に「もし私にコントロールさせてくれたら、もし私によくしてくれたら、もし私の想像したイメージにあてはまってくれたらあなたを愛するわ」これは『恐れ』だ。 ************************************************************************************************ 人に対してあまりイライラしたり、不満を抱いたりしない私だが、たまーのたまにこいつ(←)に不満を抱く時がある。 でもその時って、考えてみると、私が期待したりとか、私の想像にフィットしなかったりとか、彼を尊重してなかったり、彼を変えようとしたり時で、それは愛じゃなくて私の恐れからなんだな… 私達はお釈迦様せも聖人でもイエスキリストでもないのだから、イライラや不満がでてくるのは当たり前だし、それもまた人間らしい。でもそういう時に、上記を思い出して「あ、今のリスペクトがなかったんだな」とか「私の想像にあてはめようとしてたわ」とかいうのに気づいて「愛」にシフトしていく。そしてあるがままの相手を受け入れる。もちろん、自分への『愛』があるのが根底で…だから相手を受け入れすぎて、利用されたりはしない… その繰り返しの練習で、少しずつ愛に満ちあふれた人になれるんかなぁ。そしてそれが、よい人間関係にもつながるし、幸福にも繋がるし、たどりつくとこなんかなぁ.. まだまだなっがーーーーーい道のりだわ… なんて思う天気のいいバンクーバーの土曜の午後。毎日気持ちよすぎてヤバい。( ̄ρ ̄)ハゥゥゥ